簿記の小噺・業務的意思決定 〜いくら損したの?〜

簿記の小噺

簿記とか会計というと、なにか小難しいイメージがつきまとう。

最近でこそ、かわいらしいイラストの入った親しみやすい雰囲気のテキストが出版されているけれど、それは雰囲気だけで、読み進めていくとやっぱり何だか小難しい。

なんとか、簿記の本質を面白く伝えられないかなぁ、とそんな思いで作った簿記の小噺だ。受験勉強の合間にでもどうぞ。

機会原価と埋没原価

今回は、簿記1級の原価計算で学習する業務的意思決定会計をテーマにした小噺だ。この論点、不得意にしている人が少なくない。特に機会原価と埋没原価が分かったような分からないような…。そんな人におすすめだ。

あるクレープ屋さんでの出来事

A はい、お嬢ちゃん、クレープだよ。
B ありがとう。はい、300円。
べちゃ(道端にクレープを落とす音)
ふえーん。クレープ落としちゃったよぉ。
A はいはい、お嬢ちゃん、泣かないで。大丈夫だよ。いま、作りなおしてあげるから。ちょっと待っててね。
B ありがとう。おじちゃん!
A うん・・・(いや、そこはおにいちゃん、だよね)

あるケーキ屋さんでの出来事

A いつも、ありがとうございます。こちらモンブランでございます。
B はい、300円ね。
べちゃ(床にケーキを落とす音)
あらやだ、ケーキ落としちゃったわ。
A お客様、ただいま、新しいケーキお出しします。
B 悪いわね。
A とんでもございません。

あるドーナツ屋さんでの出来事

A こちらでお召し上がりですか?
B はい。
A それでは300円になります。
B ぼとっ(床にドーナツを落とす音)
しまった!ドーナツ落としちゃったよ。
A あ、お客様、ただいま、新しいドーナツをお持ちしますので。
B ありがとう。
A ごゆっくりどうぞ。

いったいいくら損したの?

さて、3パターン見てもらった。ちょっと条件を加える。

  1. クレープもケーキもドーナツもすべて販売価格は300円、原価(材料費)は100円。
  2. 材料費以外の費用は無視する。

さて、それぞれいくら損した?というのが問題だ。ただし、もうちょっと条件がある。

  • クレープ屋さんは、注文を受けるたびにクレープを作る。
  • ケーキ屋さんは、開店前に当日販売分をすべて作りおきしておく。そして、毎日確実に全商品売り切る。
  • ドーナツ屋さんは、開店前に当日販売分をすべて作りおきしておく。そして、毎日確実に余って廃棄している。

条件は以上だ。それぞれのお店がいくら損したのかを考えて欲しい。正直言って、結構難しいよ。これ。

これ、簿記といったい何の関係があるの

日商簿記2級までしか勉強していないと、いったい、この問題、簿記と何の関係があるの、と思うかもしれない。実はこれ、1級の原価計算で学習する業務的意思決定の問題だ。もちろん、試験でこのように出題されることはない。もっと問題文も仰々しいし計算も複雑だ。

でも、本質的には、この3つのパターンの意味をしっかり理解できているかどうか、そこを問われているわけだ。

これがこたえ

答えは、クレープ屋さんの損失額は100円、ケーキ屋さんの損失額は300円、ドーナツ屋さんの損失額は0円だ。

なぜか?

クレープ屋さんは、新しく作ることで材料を余計に消費する。新しく作ったことで損するのは、この分だけだ。だから、材料費の100円が損失額だ。

対して、ケーキ屋さんはちょっと難しい。当日販売分は、開店前に全て作っておくので、落としたからと言って、新しく作りなおすわけではない。すでに作りおきしておいた分を渡すだけだ。で、問題はここからだ。このケーキ屋さんは、売れる分しか作らない。つまり、作り置きしておいた分はすべて販売できる。それなのに、その売り物を1つ無料であげてしまっているわけだ。もし、お客さんが落とさなければ、もう1つ余計に販売できていたはずだ。だから、損失額は販売額の300円だ。

最後のドーナツ屋さん。一見するとケーキ屋さんと似たケースだけれど、全く違う。このドーナツ屋さんは、見込みで大量生産しているため、必ず廃棄分が出る。ということは、1つドーナツを無料であげたところで、廃棄分が1つ減るだけの話だ。結局、この出来事によって、損失は出ない。だから損失額は0円だ。

なんか分かったような、分からないような感じがするかもしれない。でも、経営判断をする上で、このような考え方は大切だ。こういったややこしい話をきちんと学問として学習しましょう、というのが業務的意思決定の問題だ。

ちょっと専門的な用語の説明

ちょっと専門的な話になるけれど、これらの問題を解説するのに差額原価、機会原価、埋没原価、といった概念が登場する。

たとえば材料費。クレープ屋さんの場合、お客さんが落としたか落とさなかったで、掛かる材料費が変わる。こういうのを差額原価とか関連原価という。まあ同じ意味だ。

一方で、ケーキ屋さんとドーナツ屋さんの場合、お客さんが落としても落とさなくても、掛かる材料費は変わらない。開店前にもう作り終わっているからだ。こういうのを埋没原価とか無関連原価という。英語でサンクコストなんていう言い方をすることもあるけど、まあ同じ意味だ。

一方で、クレープ屋さんとドーナツ屋さんは、お客さんが落としても落とさなくても、売上は変わらない。じゃあ同じかというとちょっと違う。ケーキ屋さんの場合は、お客さんが落としたことで、1個分の売上が失われる。こういった「もしも○○しなければ、得られたはずの利益」言い換えれば「○○してしまったことで失ってしまった利益」のことを、機会原価という。機会原価は、機会費用とか機会損失なんていう言い方もするけれど、どれもまあ、同じ意味だ。なお、簿記の世界では機会原価という言い方が一般的だ。

この業務的意思決定は、簿記1級原価計算の2番目くらいに大事な論点だ(ちなみに1番は戦略的意思決定会計といわれる論点)。この論点を不得意にしている人が少なくない。でも、この論点、試験だけじゃなくて人生においてもとても役に立つ。得意にしてほしい。

特に機会原価が大切だ。これは目に見えない原価だ。これをどれだけ意識できるかで人生が変わるといっても言い過ぎじゃない。

機会原価が高い人になる

ビジネスマンが客先に行くのにタクシーを使うか電車で行くかを考えてみる。交通費は、タクシーだと2,000円、電車だと200円だとしよう。で、タクシーだと30分、電車だと1時間掛かるとしよう。

あなたが、このビジネスマンだったらタクシーを使うだろうか電車で行くだろうか。どうせ、会社のカネだろ、タクシーで行くよ、っていうのはナシね。

ここで、考えなければいけないのは、交通費の差額1,800円と移動時間が30分短縮するということの比較だ。1,800円、というのは目に見える費用だ。でも、30分短縮された、というのを金額に換算するのは難しい。

分刻みのスケジュールで動いている人で、年収を時給に換算したら5,000円くらいという人はいくらでもいる。30分あればもう1件客先回って営業出来る、という感じだ。こういう人にとっては、30分のロスは大きい。あえて金額に直せば2,500円に相当する。じゃあタクシー使ってでも30分短縮する方が合理的だろう。

一方で、いつも暇で別に30分くらい早く着いてもボーッとしているだけなら、30分の価値は限りなくゼロに近い。この場合は、電車で行くのが合理的な判断だろう。

つまり、機会原価は人によって異なるんだ。出来るビジネスマンなら機会原価は2,500円、ぼーっとしている人なら0円だ。

目に見える原価は計算しやすいけど、目に見えない原価は計算しにくい。特に機会原価は見えにくい。だからつい無視しちゃう。でも、出来るビジネスマンは無意識に機会原価を考慮した意思決定をしている。

機会原価を意識しよう。そして、機会原価の高い人になるように努力しよう。実は、これが人生成功の秘訣じゃないかと、思っている。これ、結構本気。

なんだか話が簿記と離れちゃったな。


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“簿記の小噺・業務的意思決定 〜いくら損したの?〜” に対して4件のコメントがあります。

  1. わんこ より:

    いつも拝見しています
    質問ですが
    この3つのお店の話ですと
    過去の話+
    比較的対象がないので
    業務的意思決定会計の話にならないと思うので
    機会原価などは関係ないと思うのですが

    分かりやすさを優先してでしょうか?

    1. pro-boki より:

      業務的意思決定会計の話ですよ。
      比較対象は「落とした場合」と「落とさなかった場合」ですね。ケーキ屋さんの例は典型的な機会原価の話です。(もしも落としていなかったら得られていたはずの利益を、落としたほうの原価に算入していますよね)

    2. わんこ より:

      未来、ケーキ屋さんが作り起きを考える際の選択をするときは機会原価だと思ってたのですが、
      落としてしてしまった結果、回避の選択ができなそうな利益も機会原価ということですか?

      度々すいません

    3. pro-boki より:

      ご質問の意図を正確に読み取れていないので的を外した答えかもしれませんが、一応回答します。機会原価は、回避可能、回避不能とは別の概念です。このケースの場合、落としてしまったという立場(代替案)に立脚して、もしそうなっていなかったら(落としていなければ)得られたはずの利益を機会原価と呼びます。

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