世界で一番分かりやすい設備投資意思決定会計・第5回講義

設備投資意思決定会計をやさしくマスター・第5回講義
設備投資意思決定会計の本試験レベル問題(取替投資)
前回は、設備投資意思決定会計の拡張投資の問題にチャレンジしてもらった。今回は、取替投資の問題にチャレンジしてもらおう。数値設定は前回の問題を踏襲している。取替投資なので一部条件に変更があるが、それ以外はほぼ同じにした。変更箇所は赤色の文字にしたので確認してほしい。本問を解いたあとに、ぜひ、拡張投資と取替投資でどのように考え方が異なるのかを考えてもらいたい。さあ、がんばってみよう。
問題
当社では1種額の製品X(販売単価8,000円)を1台の設備(現設備)で製造販売している。製品Xの販売は順調であり、供給が需要に追いついていない。そこで、高性能な新設備に取り替えることを検討している。以下の資料にもとづき各問に答えなさい。差額ネット・キャッシュ・フローがキャッシュ・アウトフローになるとき、および正味現在価値がマイナスとなるときは△を付記しなさい。なお、現在は20X2年度末である。
【資料1】設備の取得と減価償却について
取得原価 | 取得予定日 | 残存価額 | 耐用年数 | 耐用年数到来時 予定売却価額 |
減価償却 | |
現設備 | 5,400万円 | 20X0年度末 | 0円 | 6年 | 500万円 | 定額法 |
新設備 | 4,320万円 | 20X2年度末 | 0円 | 4年 | 300万円 | 定額法 |
なお、現時点において、現有設備は2,000万円で売却できるものとする。
【資料2】製品X1個あたりの加工時間と年間稼働時間上限について
製品X1個の 加工時間 |
設備の年間 稼働時間上限 |
年間メンテナンス時間 (この時間設備は稼働できない) |
|
現設備 | 0.5時間/個 | 5,000時間 | 0時間 |
新設備 | 0.4時間/個 | 5,000時間 | 200時間 |
【資料3】製品Xの製造原価と販管費について
- 製品X1個の製造には1,500円/個の原料1個が必要である。
- 変動加工費は加工時間1時間あたり8,000円掛かるものとする。
- 現時点の固定加工費は(減価償却費を除いて)年間600万円である。これは取り替えたあとも変わらない。
- 製品X1個の販売には100円/個の販売費が必要である。
- 現時点のその他販売費および一般管理費はすべて固定費で年間200万円である。これは取り替えたあとも変わらない。
【資料4】その他計算条件
- 市場需要は15,000個であり、今後4年間において変動はないものとする。
- 減価償却費を除くすべての費用は現金支出を伴うものとし、売上は全て現金売上である。
- キャッシュ・フローは年度末にまとめて生じると仮定する。
- 法人税等は、負担すべき年度末に支払われるものと仮定する。法人税等の税率は40%、当社は順調に利益をあげている。キャッシュ・フローは税引き後で考えること。
- 加重平均資本コスト率は8%である。
- 8%の割引率の現価係数と4年間の合計は以下のとおりである。
1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 合計 |
0.9259 | 0.8573 | 0.7938 | 0.7350 | 3.3120 |
① 現時点(20X2年度末)における差額キャッシュ・フローを求めなさい。
② 20X2年度末から20X6年度末における年々の差額キャッシュ・フローを求めなさい。
③ 20X6年度末におけるプロジェクト終了に伴う差額キャッシュ・フローを求めなさい。
④ 本投資案の正味現在価値を求めなさい。
解答と解説
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解答
① 現時点(20X2年度末)における差額CF:△16,800,000円
② 20X2年度末から20X6年度末における年々の差額CF:9,360,000 円
③ 20X6年度末におけるプロジェクト終了に伴う差額CF:△1,200,000 円
④ 本投資案の正味現在価値:13,318,320 円解説
取替投資の問題だ。さきほどと数値設定は同じなので、比較しながら解いていくとより理解が深まるだろう。さきの解説でも書いたが、まずは資料を整理しよう。そして、総額法で解くのか差額法で解くのかの方針を決めよう。本問は、設問で「『現設備を使い続ける現状維持案』を基準に、新設備に取り替えた場合の差額キャッシュ・フローをいう」とのただし書きがあるため差額法を示唆しているようにも思えるが、別にどう解いても構わない。ここでは、差額法での解説を示すが、もちろん総額法で解いてもいい。
資料を整理する(新設備と現設備)
まずは設備について資料を整理しよう。本問の場合は、次のとおり。
新設備 現設備 取得原価 △4,320万円 △5,400万円 減価償却費 4,320万円÷4年=1,080万円 5,400万円÷6年=900万円 耐用年数到来時の簿価 0 0 耐用年数到来時の売却価額 300万円 500万円 現時点での売却価額 − 2,000万円 Step.1 生産・販売の状況を把握する
さきの問題(拡張投資)と全く同じだが、本問から読み始める方もいると思われるので記載する。まず、生産可能数量を算定する。
現設備は、5,000時間÷0.5時間=10,000個
新設備は、(5,000時間−200時間)÷0.4時間=12,000個市場の需要は15,000個だからいずれの設備を利用するにしてもフル操業になる。
Step.2 貢献利益
これも、さきの問題(拡張投資)と全く同じだが、再掲する。
現設備 販売価格 8,000円/個 1個 8,000円 原料 1,500円/個 1個 1,500円 変動加工費 8,000円/時 0.5時間 4,000円 変動販売費 100円/個 1個 100円 貢献利益 2,400円 新設備 販売価格 8,000円/個 1個 8,000円 原料 1,500円/個 1個 1,500円 変動加工費 8,000円/時 0.4時間 3,200円 変動販売費 100円/個 1個 100円 貢献利益 3,200円 Step.3 現時点でのネット・キャッシュ・フロー
では、いよいよ問1から解いていこう。以下の3段階でキャッシュ・フローを算定する。
① 投資時点
② 年々
③ 投資終了時まずは、①の投資時点だ。投資時点キャッシュ・フローが動くのは次の3つの要素だ。
1.新設備の購入:△4,320万円
2.現設備の売却:+2,000万円
3.現設備の売却損に伴う節税額:+640万円
合計:△1,680万円1と2については、解説は必要ないだろう。新設備の購入で4,320万円のキャッシュが出ていき、現設備の売却で2,000万円のキャッシュが入ってきたのだ。問題は、3の「現設備の売却損に伴う節税額」だろう。これは、現設備の簿価を考えないといけない。投資時点では、現設備を購入してからちょうど2年が経過している。ということは、簿価は3,600万円だ。式にすると次のとおり。
簿価:取得原価5,400万円−減価償却費900万円×2年=3,600万円
これを2,000万円で売却するのだから、随分と損だ。売却損が1,600万円生じる。ということは、その分の税金が安くなるということだ。これが「現設備の売却損に伴う節税額」のことだ。その額は、法人税等税率40%を掛けて算定する。
現設備の売却損に伴う節税額:(簿価3,600万円−売却額2,000万円)×40%=640万円
Step.4 年々の差額キャッシュ・フロー
問2は、本問のハイライトだ。差額キャッシュ・フローを求めればいいのだから、現設備から新設備に切り替えると、どれだけ貢献利益が増減するのか、また固定費が増減するのかを考えればいい。まず、貢献利益だ。
現設備だと、@2,400円×1万個=2,400万円だった。
新設備だと、@3,200円×12,000個=3,840万円になる。
よって、新設備に切り替えると、貢献利益が1,440万円増加する。続いて、固定費だ。問題文に「これは取り替えたあとも変わらない」と書かれている。したがって、埋没原価なので考慮する必要がない。もう1点、考慮すべきことがある。新設備の導入により減価償却費1,080万円のタックスシールドも考慮しなければならない。一方、現設備の減価償却費900万円のタックスシールドを機会原価として考慮しなければいけない。よって、年々の差額キャッシュ・フローは次のとおりだ。
1,440万円×0.6+(1,080万円−900万円)×0.4=936万円
Step.5 投資(プロジェクト)終了時の差額キャッシュ・フロー
問3は、新設備の売却分に加えて、現設備の売却分を機会原価として考慮しなければいけない。つまり、もし取替案を採用していなければ得られていたのに、取替案を採用したがために得られなくなってしまった利益だから、機会原価だ。
現設備は、500万円で売却出来るはずだった。簿価がゼロなので、税金を考慮すれば、500万円×0.6=300万円のキャッシュ・イン・フローがあったはずだ。新設備は、300万円で売却出来る予定だ。税金を考慮すれば300万円×0.6=180万円だ。よって、180万円−300万円=△120万円が投資(プロジェクト)終了時の差額キャッシュ・フローだ。
Step.6 正味現在価値
さあ、ここまでくればあとは機械的な作業だ。頭を使うところではない。
△1,680万円+936万円×3.312+△120万円×0.735=13,318,320円 と計算できる。
第6回目の講義は総額法と差額法の解法を解説
次回の講義は、これまで学習してきた拡張投資と取替投資を、総額法でやるとどうなのか、差額法でやるとどうなのか、を解説する。総額法と差額法には、それぞれ向き不向きの問題があるので、どういう問題のときには、どちらの解法を使うと有用なのか、といったあたりを習得しよう。本試験の実践的テクニックだ。
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