1級商会・事業分離

掲示板に事業分離の作問リクエストを頂いた。やりとりしていたら、作問というより事業分離自体の解説の方がいいようなので噛み砕いて書いてみる。
事業分離は分離する側と分離された事業を取得する側がある
まず、事業分離の注意点は、事業を分離する側と分離された事業を取得する側があって、それぞれの仕訳を考えないといけないということだ。
テキストには事業を分離する側を「分割会社」、分離された事業を取得する側を「承継会社」と言っているけど、この記事では「事業を売った会社」と「事業を買った会社」という風にいうことにする。なぜなら、その方がピンと来るから。
取得側はパーチェス法が原則
さて、原則として「事業を買った会社」はパーチェス法を使うということは大丈夫だろうか。「パーチェス法」のパーチェスってpurchase(購入)って意味。2級で学習済みのはず。合併や買収の仕訳で登場する。A社の事業(時価100万円)を110万円で買ったら、10万円ののれんが計上されるという例のケースだ。全然難しくない。
さて、一方、「事業を売った会社」はどういう仕訳を切るのかが問題だ。これも、原則は普通に固定資産を売る時と同じと思えばいい。つまり「帳簿上150万円の事業資産と50万円の事業負債を持つ事業を事業分離して、110万円の現金を対価として得た」こう書くと難しそうだけど、結局、簿価100万円の土地を110万円で売ったのと考え方は同じだ。
とにかく事業を売ったらお金が入ってきて、簿価との差額は損益になるというだけの話。固定資産のときは、固定資産売却益だけど、事業のときは事業移転損益と言う。つまり勘定科目が変わるくらいで、固定資産も事業もたいして変わらないということだ。まずは、ここまでが大前提。ここまでは完璧に押さえてほしい。
設例1
A社は、事業資産(簿価150、時価155)、事業負債(簿価・時価ともに50)の事業を分離移転し、B社は現金110にて取得した。
A社の仕訳とB/S
A社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業負債) | 50 | (事業資産) | 150 |
(現金) | 110 | (事業移転損益) | 10 |
事業を売る予定のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 150 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 450 | その他負債 | 200 |
資本金 | 350 |
事業を売った後のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
現金預金 | 110 | その他負債 | 200 |
その他資産 | 450 | 利益剰余金 (事業移転損益) |
10 |
資本金 | 350 |
- A社は事業資産と事業負債を相殺するとともに現金を受け取って貸借差額を事業移転損益として認識
B社の仕訳とB/S
B社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業資産) | 155 | (事業負債) | 50 |
(のれん) | 5 | (現金) | 110 |
事業を買う予定のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
その他資産 | 500 | その他負債 | 100 |
資本金 | 400 |
事業を買った後のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 155 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 390 | その他負債 | 100 |
のれん | 5 | 資本金 | 400 |
- B社はパーチェス法で処理し取得した事業は時価で評価
- 対価のうち超過した分はのれんとして計上
対価が株式(その他有価証券)の場合
さて、ここから少し難しくなる。今までは「事業を売った会社」はその対価として現金をもらっていることを前提にしてたけど、もし「事業を買った会社の株式」だったらどうだろう。
基本的には先ほどと大して変わらないと考えていい。株式をその他有価証券などとして受け入れて、時価で計上すればいい。現金のときと同じ会計処理。「事業を買った会社」はパーチェス法。
設例2
A社は、事業資産(簿価150、時価155)、事業負債(簿価・時価ともに50)の事業を分離移転し、B社は株式110株(時価@1)を発行してこれを取得した(全額資本金とした)。A社はその他有価証券として処理した。
A社の仕訳とB/S
A社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業負債) | 50 | (事業資産) | 150 |
(その他有価証券) | 110 | (事業移転損益) | 10 |
事業を売る予定のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 150 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 450 | その他負債 | 200 |
資本金 | 350 |
事業を売った後のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
その他有価証券 | 110 | その他負債 | 200 |
その他資産 | 450 | 利益剰余金 (事業移転損益) |
10 |
資本金 | 350 |
- A社は事業資産と事業負債を相殺するとともに交付された株式をその他有価証券として計上
- 貸借差額を事業移転損益として認識
B社の仕訳とB/S
B社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業資産) | 155 | (事業負債) | 50 |
(のれん) | 5 | (資本金) | 110 |
事業を買う予定のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
その他資産 | 500 | その他負債 | 100 |
資本金 | 400 |
事業を買った後のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 155 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 500 | その他負債 | 100 |
のれん | 5 | 資本金 | 510 |
- B社はパーチェス法で処理し取得した事業は時価で評価
- 問題文より発行した株式は資本金として計上
- 対価のうち超過した分はのれんとして計上
対価が株式(関連会社)の場合
さて、株式を対価にするのはいいのだけれど、それが大量になると、相手企業(事業を買った会社のことね)と関係会社になってしまうときがある。たとえば20%を超えるような株を手に入れたら、関連会社として持分法の適用だ。
つまり仲間内のやりとりとみなされる。それにも関わらず、単純に事業が売れたから、その分の利益を計上してもいいのかという話だ。これは、おかしい。
ということで、関係会社(関連会社または子会社)になるときは、事業を売ったのではなくて、引き継いでもらっただけと考える。すると、利益などを出してしまってはまずい。そこで、単に簿価で引き継ぐのだ。ここまでが「事業を売った会社」の話。
ところで「事業を買った会社」は、やはりパーチェス法を使う。基本、取得側はパーチェス法を使うという大原則は変わらない。(子会社になった場合は設例4を参照のこと)
設例3
A社は、事業資産(簿価150、時価155)、事業負債(簿価・時価ともに50)の事業を分離移転し、B社は株式110株(時価@1)を発行してこれを取得した(全額資本金とした)。これによりB社はA社の関連会社になった。
A社の仕訳とB/S
A社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業負債) | 50 | (事業資産) | 150 |
(関連会社株式) | 100 |
事業を売る予定のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 150 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 450 | その他負債 | 200 |
資本金 | 350 |
事業を売った後のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
関連会社株式 | 100 | その他負債 | 200 |
その他資産 | 450 | 資本金 | 350 |
- A社は事業資産と事業負債を相殺するとともに交付された株式を関連会社株式として計上
- 関連会社株式の簿価は移転事業に係る株主資本相当額とする。つまり簿価による「資産−負債」の額ということ。よって、移転損益は出ない。
B社の仕訳とB/S
B社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業資産) | 155 | (事業負債) | 50 |
(のれん) | 5 | (資本金) | 110 |
事業を買う予定のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
その他資産 | 500 | その他負債 | 100 |
資本金 | 400 |
事業を買った後のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 155 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 500 | その他負債 | 100 |
のれん | 5 | 資本金 | 510 |
- B社はパーチェス法で処理し取得した事業は時価で評価
- 対価のうち超過した分はのれんとして計上
対価の株式が大量の場合(子会社になる場合)
さて、さらに少し難しくなる。「事業を売った会社」が対価として「事業を買った会社」の株式を取得するのはさきほどと同じだけど、それがより大量で「事業を買った会社」の50%を超えるような場合にどうなるかという話。
「事業を買った会社」の株式の50%超を取得したということは、もうこれは子会社ということだ。つまり「事業を売った会社」が親会社になる。
もうこうなると訳が分からない。事業を取得したのは「事業を買った会社」だけど、その「事業を買った会社」を取得したのは「事業を売った会社」。そして、「事業を買った会社」を取得したということは、「事業を売った会社」がさっきまで持っていて売っ払った事業までも再度取得したということになる。戻ってきたわけだ。(全部じゃなくて、持ち分だけ)
このパターンを「逆取得」という。「事業を買った会社」にしてみれば、事業を取得したつもりが自分自身が取得されてしまった、ということ。
こうなると、連結会計の対象だから完全に仲間内だ。この場合は「事業を買った会社」も事業を買ったという考えはしないで、簿価で引き継いだと考える。つまり取得側の大原則はパーチェス法だけど「逆取得」に限っては、単に簿価で引き継いだだけと考える。
設例4
A社は、事業資産(簿価150、時価155)、事業負債(簿価・時価ともに50)の事業を分離移転し、B社は株式110株(時価@1)を発行してこれを取得した(全額資本金とした)。これによりB社はA社の子会社になった。
A社の仕訳とB/S
A社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業負債) | 50 | (事業資産) | 150 |
(子会社株式) | 100 |
事業を売る予定のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 150 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 450 | その他負債 | 200 |
資本金 | 350 |
事業を売った後のA社のB/S | |||
---|---|---|---|
子会社株式 | 100 | その他負債 | 200 |
その他資産 | 450 | 資本金 | 350 |
- A社は事業資産と事業負債を相殺するとともに交付された株式を関連会社株式として計上
- 関連会社株式の簿価は移転事業に係る株主資本相当額とする。つまり簿価による「資産−負債」の額ということ。よって、移転損益は出ない。
B社の仕訳とB/S
B社の仕訳 | |||
---|---|---|---|
(事業資産) | 150 | (事業負債) | 50 |
(資本金) | 100 |
事業を買う予定のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
その他資産 | 200 | その他負債 | 100 |
資本金 | 100 |
事業を買った後のB社のB/S | |||
---|---|---|---|
事業資産 | 150 | 事業負債 | 50 |
その他資産 | 200 | その他負債 | 100 |
資本金 | 200 |
- B社は事業を取得したのではなく引き継いだだけ。A社の事業の簿価をそのまま引き継ぐ。
- 交付した株式の時価に関わらず、資本金は簿価による貸借差額で計上する。
ちょっと用語の整理と最後にひとこと
最後に用語の整理をしよう。テキストでは「投資の精算」と「投資の継続」という用語が表記されている。前者は、事業を売り払ってもう関係ない、という状態。後者は、事業を売った先が関係会社など、持分法や連結会計の適用になる状態のことだ。つまり、事業を売った先の業績が自分の会社にも響いてくるということ。これを投資が継続していると言っている。
それから、会社分割の種類として、吸収分割と新設分割があるけれど、これは覚えなくても大丈夫。会計処理は変わらない。ただし、新設分割のときは、(新設だから当たり前なんだけど)現金がないから株式発行する、というだけは覚えておいたほうがいい。事業分離の論点は、このあたりまでおさえておけば、十分だろう。
134回の1級商業簿記では、事業分離をし、さらに逆取得した子会社との連結会計が出題されたけれど、このレベルまで押さえるのは、効率的ではない。そういった端っこの論点を気にしだすとキリがない。それよりも、上記の基本的な事業分離をキチンと押さえる方が効果的だろう。
関連記事
- 1級商会・事業分離 2016年11月9日
先生、解説ありがとうございます。
最初に解説だけ読んで(売った会社・買った会社で)考えました。
理解したポイントは、
・「売った会社」→ 固定資産売却と同じ考え方で(仕訳する)。
事業の時は「事業移転損益」
・対価が株式 → その他有価証券は現金と同じ考え方(時価)。
20%超の株式は「関連会社株式」(持分法・簿価)
として引継ぐ。
・取得側は、パーチェス法が大原則。
・対価が50%超→ 「売った会社」が親会社(持ち分だけ)になる。
売った会社が反対に親になり手放した事業がまた 戻ってくる(再度取得)
「買った会社」から見ると「逆取得」という。
以上ここまで考えました。「逆取得」のイメージよくわかりました。
設例もありがとうございます。
設例1と2はすぐ仕訳できました。3と4はもう少し考えます。
(設例3の「BはAの関連会社になった」という部分が・・・)
設例3と4の仕訳も理解できました。
・設例3→BはAの関連会社になった(= Aは対価でB関連会社を手に入れた)
Bはパーチェス法で取得
・設例4→BはAの子会社になった (= Aは対価でB子会社を手に入れた)
ここで問題文に「Aは事業を分離移転し・・BはAの子会社になった」
とあるので、「逆取得」だと認識するんですよね?
・また、この設例のように「BはAの・・になった」と問題文に指示があるので
その通り仕訳していけばいいんでしょうか?
・対価として株を取得したが、関連会社・子会社にならない場合は、
投資有価証券(その他)になる仕訳と考えていいですよね?
ファイティンさん
はい、その理解で正しいです。
>また、この設例のように「BはAの・・になった」と問題文に指示があるのでその通り仕訳していけばいいんでしょうか?
そうですね。例えば134回などは「P社は<中略>T社の発行済株式総数の60%を取得することとなり、T社を子会社とした」と表記されています。このように指示がでると思います。
>対価として株を取得したが、関連会社・子会社にならない場合は、投資有価証券(その他)になる仕訳と考えていいですよね?
まあ普通はその他有価証券でしょうね。売買目的も無いことはないかな・・・。これは問題文に指示が出ると思います。
全ての設例に仕訳と解説を付けましたので、ご覧になってください。
設例の仕訳・解説も追記して頂きありがとうございます。
1~4まで理解できました。
これまでテキストを何回読んでも理解できなかったのですが・・
先生の解説で基本論点が理解できてよかったです。
基本がわかったので、これで応用問題もたぶん対応できます。
ありがとうございました。
こんにちは。
逆取得のイメージ、とてもよくわかりました。
ありがとうございました。
テキスト読んでも、清算された、清算されていないの意味が
よくわかっていなかったので、いつも時価?簿価?と迷ってました。